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今村の一般質問の質問と答弁要旨

 18日行った私の一般質問に対する当局の回答です。

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【質問1】まず、第一番目は「行財政改革」について。職員の定数適正化計画を立て推進中だが、数値も含めての評価と反省、課題を。また、借金雪だるま体質からの脱却についても、評価と課題を。その際、普通会計における借金残高の推移も明確に。さらに、深谷病院の清算や後継医療法人についても触れ、総括を。

【答弁1】職員数の削減では来年度当初で、合併時より180人あまりの削減で、1850人程度になる。今後行政組織の見直しのほか、職員が習熟度を高め、適切なジョブ(仕事)ローテーションを考慮した人事配置などを行い、効率的な行政のシステムを構築したい。合併前の大型事業に伴う公債費の高水準が予算編成の重圧になっていることから、借金に過度に頼らない財政運営を基本に予算編成を行っていく。借金の現在額を合併前と比べ普通会計で61億円減少し、深谷病院を加えると83億円。ここ数年、公債費(借金払い)の高水準が続くことから、今後も必要最小限の地方債(借金)発行に勤めていく。なお、深谷病院についてだが、19年3月末に企業団を解散し、同年4月に継承した負債額は54億円あり、うち本市の負担額は70%にあたる38億円。うち半分を償還。同年9月に継承したロイヤル病院は4診療科、42床で開設し、現在は7診療科、92床になり、病床稼働率は90%前後。

【質問2】民間でやれるものは民間でーということで、公共施設の指定管理者制度を広げてきたが、その導入実績とごみ収集などの民間委託、民営化について、評価と反省、課題について。

【答弁2】122施設で指定管理者制度を導入。平成18年度から21年度までの削減効果は2589万円。今後も引き続き、民間事業者のノウハウを活用し、多様化する住民ニーズに対応したい。ごみの痛く収集の民間委託で、18年度から21年度までの削減効果は7223万円。今後も「民間でできるものは民間で」の方針の下、民案委託等推進したい。

【質問3】、「企業誘致」について、この4年間で企業立地助成金の対象企業はどう変化したか。数値とともに、具体企業名も明らかにする中で、企業誘致の評価と反省、課題を。

【答弁3】平成17年度11社、18年度9社と横ばいだったが、19年度19社、20年度に23社、さらに21年度は27を見込み、2倍から3倍に。具体的には17年度にグループホーム1社、18年度に運送業者1社、19年度に乳酸飲料販売業者と宮城県水産会館の2社、今年度はビルメンテナンス業者1社のほか、コカコーラ東部営業所、山田水産を誘致している。自動車関連では地元の東北電子工業がトヨタ自動車からハイブリット車用バッテリーケースの生産を受注。ただ、世界的な金融危機の影響で、企業誘致はますます厳しく、より強力な誘致活動が必要になる。

【質問4】「防災」について地域防災計画が出来上がり、消防庁舎も建設されました。しかし「いざ、鎌倉」での対応は万全かー。防災無線の一元化もこれからなど、評価の一方で課題も。「99%の確率で発生」といわれ続けてき大地震は、いつ来ても不思議でない。防災対応の評価と課題を。

【答弁4】防災ガイドとハザードマップを全戸配布、ホームページ上でも公開した。職員の更なる防災意識の向上も図っている。来年度は防災行政無線施設の一元化の在り方を調査。市民には「自助、共助」の精神で災害対応を行ってもらうよう啓蒙。

【質問5】児童福祉全般での評価と反省、課題について。

【答弁5】放課後児童クラブは4年間で万石浦、湊第二、湊、飯野川第一、桃生地区第二、向陽地区第二の6地区に開設。利用時間も午後6時まで延長した。保育所の待機児童の解消は21年度策定の「後期次世代育成支援行動計画」の中で図りたい。

【質問6】経済戦略会議を立ち上げたが、その成果はー。関連して、疲弊している中心市街地の活性化について実効性のあるプランは、本当に可能なのかー。課題は何か。また、産学官連携による事業の展開と成果、課題を。

【答弁6】戦略会議の成果として県と合同でコールセンターオペレーター養成セミナーを実施。また金華ブランドや下記の地域食材を活用した料理の開発、若年者の就労支援にも努めた。中心市街地活性化の基本計画策定について、リストアップされている事業の具体化に向けて協議中。今月末の東北経済産業局との協議に向け、検討を加えている。課題として、商業活性化に向けた事業、地域の特色ある事業の内容について詰めが必要。石巻地域産学官グループでは環境部会、マリンフード部会、自動車部会を設け、活動している。特に自動車部会では自動車構造研修会やカーエレクトロニクス研修会を始め、視察や商談会を実施、メーカーの受注に備えた地元企業の技術力の向上に努めてきた。さらに、新たに発足の「マシンプロジェクト」の活動を全面バックアップしていきたい。

【質問7】「新市役所の建設」は、紆余曲折があった中で多くの市民に後押しされる形で「さくら野ビルへの市役所の移転」が進み、今年暮れの移転が決まったが、市民利活用の促進など今後の課題について。

【答弁7】「利便性の高い庁舎」を目指したい。高齢者にも優しい、また開かれた庁舎にしたい。市民の皆さんが交流、発表、各種イベントもできるようにしたい。また市街地のにぎわい創出にも貢献したい。

【質問8】平成19年7月7日、石巻市で開かれた「全国鯨フォーラム2007」において、石巻市のほか北海道網走市、千葉県南房総市、和歌山県太地町(たいじまち)の首長4人が署名した「石巻宣言」が採択された。その内容は「4つの地域で行う沿岸小型捕鯨は、アラスカやロシアなどで認められている先住民生存捕鯨と類似しており、その扱いは同等とされるべき」との考えを示し、その再開を強く訴えるものだ。その後、石巻市からの鯨文化の発信はどうようになっているか。

【答弁8】フォーラムを昨年のデスティネーションキャンペーンに活かせた。石巻宣言を基に水産庁へ働きかけ、IWCの正常化に向けた会議の中で趣旨を尊重した主張をしていただいている。

【質問9】毛利コレクション等の展示施設の整備にめどがつき、平成23年度には文化センター内部での工事が行われる。「毛利さんの集めた貴重な数々を一ヶ所に収蔵する施設を」という話は、実に半世紀以上を経ての実現へということ。今議会に提案の「斎藤氏庭園」の石巻市管理とともに、毛利コレクションの決着は、土井市政の実績。毛利コレクションに市民がどう関心を持ち続けるか、その仕掛けも必要だが、今後の展開と課題等について。

【答弁9】2月23日に所有者、推進の会、文化財保護委員、文化団体などで基本計画策定委員会が設置され、その会議やパブリットコメントも加え、秋口までに策定したい。22年に実施設計、23年工事着工の予定。活かす工夫として「サポーター制度」のような組織を立ち上げたい。単にボランティアではなく、企画展の企画や運営、収蔵資料の整理などに直接参画できる組織にしたい。

【質問10】食材王国みやぎの中核・石巻市の「地産地消」の推進や「食の安全」について評価、反省、課題を。また、「金華ブランド」の知名度アップへの取り組みは。

【答弁10】19年には「知産地賞の会」が発足。21年度は仮称「地産地消推進協議会」を設置市、ネットワークの構築や生産者と消費者との交流を創出したい。食の安全では米や牡蠣では「トレーサビリティ(食品の原料から生産販売までの履歴管理)システム」を導入、エコファーマー(持続性の高い農業生産)制度の普及啓発を推進。食材の衛生面でも石巻魚市場の清浄海水施設の整備を行い、カキ処理場及び浄化施設の整備を実施してきた。金華ブランドの知名度アップでは推進委員会が中心になって基準づくりや試食即売などと取り組んできた。

【質問11】石巻市には合併によって数多くの運動スポーツ施設があるがその恵まれた運動スポーツ施設を活かしたスポーツイベントや、市民の健康づくり、コミュニティスポーツの推進にどう取り組んできたか。

【答弁11】19年2月にスポーツ振興基本計画を策定。4本柱の「生涯スポーツ」ではシーサイドマラソン、市民スポーツフェスタ、キッズ交流大会や小学生リレーマラソンを。「競技スポーツ」ではプロ野球イースタンリーグ公式戦、名球会によるドリームベースボールなどを招聘。ほかに、「総合型地域スポーツの育成と支援」「スポーツ環境の整備充実」に取り組んできた。

【質問12】「NPOとの連携による環境保全や子育て支援など」について、組織の連携や育成とどう取り組んできたか、その成果と課題を。

【答弁12】NPOは72団体。「んぽん舗(ぽ)まつり」などのイベントを通じ、交流してきた。各地域のまちづくり関係では4年間で67団体が活動助成金を受けて活動している。今後はNPOの専門性や特性を活用できる公共的サービスを見出し、パートナーシップを高めていきたい。

【質問13】行政内、市民と市民の関係など広範なかかわりの中での「一体感の醸成」に、どう具体に取り組んだか、その成果と課題について。

【答弁13】キッズ交流やスポーツフェスタなどで市民間の交流を促進。新市の市民憲章の制定、合併3周年記念式典の開催などでも効果があった。今後も地縁を大切にしながら、市民のつながりを深める努力をしたい。

【質問14】南三陸金華山国定公園など豊富な観光資源をどう活かしてきたかー。金華山は「金華ブランド」の命名の由来の地。また弁財天をお祀りした神社があり、東北3大霊山。昨年秋のデスティネーション・キャンペーンの結果なども踏まえ、南三陸金華山国定公園観光の成果と課題について。

【答弁14】金華山は環境省の「かおり風景百選」にも選ばれており、東京豊島区のアンテナショップでのPRにも力を入れてきた。今後も宣伝に重点を置き、受け入れ体制を整備していきたい。

【質問15】IT教育など新時代に即応した教育は進んだのかどうか。イントラネットでのテレビ討論の期待があったが、今後の課題としてどう展開できるか。

【答弁15】すべての市立小中高学校に児童生徒の学習用に地域イントラネットに接続されたコンピュータを整備、高速回線を活かした動画配信のデジタルコンテンツの利用やインターネットを用いての調べ学習が行われるなど、IT教育の推進が図られている。テレビ討論は双方向でコミュニケーションが取れるテレビカメラ等を設置していないため、できない。最近の事例として電気事業連合会が主催するテレビ会議システムを利用、知的好奇心の高まりや意欲的な参加市姿勢など効果が上がっている。

【質問16】高齢者や障害を持った人たち、さらに子どもの虐待をなくす地域連携の運動は進んだのかー。バリアフリーの施設の進捗はどうか。

【答弁16】高齢者虐待防止では民生委員、町内会長などのほか、介護サービス事業者からの通報という従来の体制に加え、18年4月の高齢者虐待防止法の施行を請け、対策地域連絡協議会を設置、多角的な観点からの情報収集と対応の迅速化を図っている。児童虐待では早期発見、未然防止、家庭への支援を行ってきた。障害者虐待防止では障害者福祉サービスの現場での対応、指導を行ってきた。どの虐待にも様々な要因が輻輳(ふくそう)しており、防止策も多様。早期対応が課題。バリアフリーの施設進捗は昨年4月段階で、市内の官公庁舎、文化体躯施設、医療施設、商業施設などで車椅子対応など何らかのバリアフリー化を行っているところが156施設ある。

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akarenngano

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長いですが、一般質問の前文です

 

 18日午後2時過ぎから、私の一般質問がありました。その前文を紹介します。前文の後に、前に示した16項目の具体的な質問が続きます。今回は、前文だけ。後日、質問に対する当局の答弁を掲載します。

 議長のお許しをいただきましたので、一般質問を行います。先週の末の河北新報に「宮城県、11年度にも破綻 財政再生団体へ」という見出しで、県の財政危機を一面トップで報じていました。今、2009年ですので、11年度ということは2年後ということです。

 さらに内容をみれば、「宮城県は12日、200913年度の中期的な財政見通しをまとめた。5カ年の財源不足額の累計は、最も楽観的に見積もっても867億円に上ると試算。歳入条件を変えた2通りのシミュレーションを試みたが、どちらのパターンでも11年度には自治体財政健全化法に基づく「財政再生団体」への転落が避けられない見通しと」というものでありました。県幹部は「自助努力はもはや限界。地方消費税の拡充など地方税財政の抜本的な改革がなければ、人件費や補助金のさらなる削減に踏み込んだとしても破綻は必至」と話しているーとのことでありました。

 私は、平成18年12月に「財政再建団体に向かう夕張市と同じ轍を踏まない市政運営を」と題し、財政問題一本に絞った形で一般質問したことがありますが、私はその中で自治体破産時代が迫っているという認識を示し、「市民に対して負担を強いることやサービスが低下することも避けられないという並々ならぬ決意が必要だ」と訴えました。土井市長は「合併のスケールメリットが出るまでには5年ぐらいかかる」という認識の下、「市民の目線に立って分不相応な投資を絶対にしない」と答弁しておりました。

 とかく選挙が近くなると、「あれもこれも」と風呂敷を広げたくなるものですが、今は我慢がしどころであります。夕張の現状を見るとき「財政再建団体に陥らない市政運営こそが、最大の政策である」と、当時私の質問に力強く語った、土井市長でありますので、その点は十分に心得ていると思いますが、土井市長には市政運営の更なる継続の中で、自治体破産時代という危機存亡の事態からの脱却を、目指していただきたいーと、強く望むものであります。

今回私は「マニフェスト検証~合併石巻市は4年間で何がどう変わったか」というタイトルで、実に16項目についての質問を通告いたしました。それは、施政方針対する質疑と同様な質問形式です。実は私は、平成17年4月の合併した新石巻市の議会議員選挙に初めて立候補いたしました。その際、私は「私の政策提言」と題し25項目をホームページに掲載、有権者に見てもらう工夫をして、その実現方を約束してきました。

その内容は、大きなタイトルで「“いき”で元気市民のトライアングルをつくろう」ーというものでした。トライアングル、つまり三角形を結ぶ3つの「いき」とは「呼吸をする息」に「活性化の活き」「純粋の粋」です。そこでは「息を整えスローライフの生活を」「活力ある経済力で喜びの輪を広げたい」「粋でおしゃれでいつもの生活とは違う街を」と、イメージを膨らませたものでした。

そして、まず「すぐやれるものとして」、「市長がワンマン市長にならないために」とか「市長交際費の廃止」「インターネット活用の討論会」「財政の健全化」など7項目を掲げました。

このほか、「合併4年でできることってなんだろう」というくくりの中では「借金依存体質からの脱却と、民間でやれるものは民間で行う研究と仕組みづくり」「行政のスリム化」「大地震に備えた学校の耐震工事を」「人と自然の共生を一歩進めるためのスローライフ実行委員会の設置を働きかける」「産学官連携あるいは異業種交流で石巻自慢を再確認し、活用の場を拡大」「審議会等の委員に広域性を考慮し、女性の比率を高め、多様な人材の登用を図る」「広域住民の融合を図るイベントスタンプラリーの実施と支援」「NPOとの連携による環境保全運動」「安心して子育てと仕事ができる環境を整える」など18項目を掲げてみました。合計すると、25項目になります。

以来4年です。議員である私は平成18年4月に選挙が無効になり、その年5月にやり直し選挙がありました関係で、任期は来年まであります。しかし、4年間という区切りに、自身のローカルマニフェストとして公表した政策提言を開いてみて、その積み残しの多さというよりは中途半端さに、自身としてはやや恥ずかしい気持ちでいます。

4年間で、私は本日を含めまして16定例会全部で一般質問し、「市民の一体感の醸成」や「住民自治とコミュニティ」など、市民生活に関することや、「金華山の緑の復活」「雄勝天然スレートの多角的な活用」「森林資源を活用した地域循環型産業の創造」「コンパクトシティを目指した中心市街地活性化」など、経済再生について質問してきました。さらに、「海に扉を開いた石巻市の歴史に学ぶまちづくり」とか「人脈を生かしたまちづくり」など、その多くは提案型の質問をさせていただきました。

私は、一般質問という形式だけでなく、常任委員会や特別委員会、さらに日常の議員の活動の中で、当面する諸問題と前向きに取り組んできたつもりでいます。それらを思い起こし、私自身が4年前に打ち出したローカルマニフェストと照らし合わせて評価すれば、必ずしも及第点とはいえませんが、落第にはならぬ議員としての歩みをしてきたと、自負するものであります。

その一方で、4年前に同日選挙で選ばれた土井市長は今度が改選期であります。土井市長の後援会サイドの資料によれば、マニフェストに掲載した55事業中47事業を実施したとありました。その主なものは、「行財政改革大綱や職員定員適正化計画を策定し、改革を進めた」「民間委託、民営化を進めた」「中央児童館の設置と放課後児童クラブの利用時間を延長した」「企業誘致条例の対象事業を拡大し、宮城水産会館などの誘致を実現した」などーとありました。

マニフェストに掲載されていないが、実施した事業では「公立深谷病院の清算と後継病院、ロイヤル病院ですが、その招致によっての病院存続」「出産時の経済的負担を軽減する一時金の受領委任払い制度を導入」「ペアーレ石巻を購入し、市民の健康施設としての存続」などを挙げていました。

また、マニフェストに掲げながら実施できなかった7事業は「NPOセンターの移転」「地域コミュニティ活動の場となる寄り合いどころの設置」「イントラネットを活用したテレビ市民懇談会」などとありました。

私なりに土井市政を振り返るとき、「市政混迷のど真ん中にいた」というような印象は、完全には拭い去ることはできませんが、この議場で常に当事者として議論をし、あるいは議論を聞いてきた身からすれば、新聞で連日報じられるように「失点多き市長」とは、とらえてはおりません。自民党が解散もせず、2人もトップが入れ替わった、というよりは2人も政権を投げ出したことを思うとき、土井市長には「よくぞ耐えた」と、その我慢強さ、信念を曲げずに堂々と対峙する度胸のよさに、敬意を示すものであります。

4年前の合併について、「メリットがなかった」という批判もあるようですが、冗談ではありません。少なくとも当時の旧6町の財政状況を見たとき、もしも合併がなかったら、多分、北海道夕張市と同じ運命をたどったことだろうと、容易に想像できますと思います。「1」に近いほど健全とされる財政力指数が、合併前どうだったか、思い出していただきたい。ここではあえて詳しい数値は申しませんが、旧石巻市で0.56、旧河南で0.36、雄勝になると0.17というもので、先日新聞に載っていた通りであります。

合併によって、面積は4倍、人口で1.5倍、農業生産額で6.2倍、漁業生産額で1,7倍、製造品出荷額で1.1倍という新石巻が生まれました。7人いた首長、6人の助役、5人の収入役がそれぞれ1人になり、127人の議員は34人へと減りました。その後の4年で職員も大幅に削減され、市の借金残高も公立深谷病院も含めて83億円の削減を図るなど、土井市政の地道な努力が、功を奏したと、私は考えます。胸を張れる実績であります。

俗に言う箱物が旧市内で建設されなかったことをとらえ、「土井市長は目立ったことはしてこなかった」「形として残ることをしてこなかった」という批判もあるようですが、新しい消防庁舎を完成させ、老人ホーム「万生園」も着工となりましたし、新市役所庁舎移転のめどもつくなど、苦しい財政下で、その実績は評価されるべきと思います。

また合併によって、得た自然環境や人材も大きいといわざるを得ません。どう活かし切るかが問われますが、昨年秋のデスティネーション・キャンペーンでその魅力にスポットが当てられました。人材の活かし方も含め、なおこれからの感は否めませんが、人心の掌握は、小手先ではできません。強い相手に迎合すれば良いというものでもありません。時間も掛かるし、根気も必要です。

4年間でいろいろありましたが、私と土井市長はともに選挙で選ばれた者として、有権者に約束してきたことをどう成し遂げたか、あるいはできなかったかについて、お答えする責務があります。そこで、互いのマニフェストを見比べながら、ひとつの区切りとしての4年間を振り返る中、4年間で何がどう変わったかをたどることにしました。それでは、通告に従い順に質問いたします。(以下、省略=3月10日に質問項目を掲載済み)

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赤レンガの公会堂に雄勝のスレート

 大阪に泊まって午後に帰るという合間に、中ノ島に立ち寄りました。そこでは大阪市役所に直行し、コンサートなどを定期的に開くという広い一階のホールや情報公開の部屋を見てきました。「市長記者会見資料」「重要施設の建設に関する諸資料」など、多くの資料が情報公開されていました。

 また、隣の市立図書館、その隣の赤レンガの建物の公会堂を見てきました。公会堂は明治の建物。数年前に文化財としての保存と耐震構造へ修復する工事が行われ、一緒に言った四倉さんが雄勝の天然スレートを使って、屋根を葺いたそうです。屋根を見上げて感動しました。

Ty_017 公会堂の屋根は雄勝の天然スレート(私の頭の上の部分、ドームの屋根は銅版葺き)。石巻の職人が葺きました。

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忙中閑あり? 大阪に行ってきました

 忙中閑ーなどと生意気なことはしませんが、15日(日)16日(月)一泊二日で大阪に行ってきました。関西で活躍の女声合唱団紗羅の結成25周年記念コンサートが西宮市の兵庫県芸術文化センターホールで行われるということで、友人と一緒に出かけたものです。

 合唱団紗羅は、私とは小中高の同級生である和泉耕二さん(大阪音楽大学教授)とのつながりがあり、1年半前の平成19年10月に「和泉先生のふるさと石巻市で歌いたい」と、石巻市民会館など3か所で演奏会を開いていただいた合唱団です。団員11人全員が音楽大で声楽を本格的に学んだ、いわばセミプロの女性たちです。

 1年半の石巻公演が縁で、「出てくる機会はありますか」という誘いに、私と1年半の公演で実行委員長をした同級生の四倉年思也さん(瓦のヨツクラ社長)と一緒に、大阪へと向かったのです。伊丹空港から兵庫県西宮市にある芸術文化センターへバスで移動。満員の聴衆を前にしてのすばらしい演奏会でした。今回演奏会のメーンは紗羅オリジナル「さくら幻想」の初演。

 この曲は「宵待ち草」「すてきな春に」「唄」「城ヶ島の雨」「さくらさくら」をつなぎ合わせたもので、編曲は植松さやかさんという若い女性でした。打ち揚げのとき、さやかさんと会ってお話いたしましたら、お母さんは旧姓高橋さんで、石巻市和渕(旧河南町)の出身だそうです。本当に奇遇です。紗羅の石巻公演のときもさやかさん編曲の「歌でつづる日本の四季 万華鏡」が歌われており、和泉さんの曲(いのち輝くまでーなど)だけでなく、紗羅のみなさんと石巻の縁は深いものがありました。

Ty_005 お母さんが石巻市和渕出身の植松さやかさん編曲の「さくら幻想」の初演を終えて、聴衆者にあいさつする指揮者の本多令子さんと合唱団のメンバー。竹下夢路の世界を彷彿させるステージでした。下は会場となった兵庫県立芸術文化センター小ホール

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同級生の死を悼み、弔辞を奉読

昨日(11日)、中学校時代の同級生の佐々木敏枝さんの葬儀に参列し、同級生を代表して、弔辞を奉読させていただきました。敏枝さんはこのページを毎日のように開いてくれまして、共鳴した時などよく電話をいただきました。無念です。

彼女と最後に会ったのは、2月23日でした。朝の9時ごろでしょうか、敏枝さんから「いつか近いうちに、恵美ちゃんと一緒に、ドライブしない。議会とか選挙で忙しくならないうちに、どう?」と言う電話をいただきました。私は、それにすぐにこたえました。「じゃあ、きょうにしよう。11時に迎えにいくから」。恵美ちゃんとは、敏枝さんとは少女時代からの大の仲良しで嫁いだ家も近くという同じ同級生の相澤恵美子さんです。

私の二つ返事で、話はまとまりました。松島までの車中、二人はよく話していました。敏枝さんは調子がいいのか、饒舌にも感じました。よく笑っていました。話の内容が、家庭内のたわいもないことなのですが、私にはすごく大事なことを真剣に話しているように聞こえました。

私たちは、松島の「西行の戻り松」の近くにある喫茶店に立ち寄りました。遠くに朱色の橋で結ばれた福浦島など日本三景の島々がパノラマのように広がりを見せていました。そこで、一つのケーキを三人で分け合い、おいしいコーヒーをいただきながら、普段通りの話をし、敏枝さんは体調について「このごろ、すごく眠れるようになった」と喜んでいました。孫の「莉子(りこ)ちゃん」の話になると、もう目が輝いていました。

「きょうは、おいしいものを食べよう」。私たちは意気投合してホテル大観荘八階のレストランに出向きました。敏枝さんは出てくる料理一つひとつを残さず平らげるほど、食欲があったことを、今鮮明に覚えています。だから、二週間後の3月9日の訃報の知らせは、すぐには信じられませんでした。ショックでした。

私は弔辞の中で,こう尋ねました。「敏枝ちゃん、あなたは癌の進行をどれだけ知っていたのですか」と。そして、続けました。「傍(はた)目には、治ることを信じて、本当に強く信じて、病と真正面に向き合って闘っていたように思います。だからこそ、昨日のお通夜の席で西光寺ご住職様が言っておられましたように『敏枝さんを励ましに来た人が逆に、敏枝さんから元気をいただいて帰っていった』―。まさにその通りです。私もその一人でした」と。

「花の香りは風に逆らっては進まない。善き人の香りは風に逆らっても進む」。この言葉は以前、横浜・鶴見の総持寺貫主でありました、板橋興宗禅師から聞いた言葉です。重い病気であった敏枝さんから、逆に励ましを、元気をいただいたことを実感したとき、板橋禅師の言葉を思い出し、敏枝さんという善き人の香りをいただいてきたものだと、つくづく感じました。

2年前の初夏のころだったかと思います、私がたまたま、彼女のお宅にお邪魔したとき、以下のように、病を打ち明けてくれたのです。

「私ね、6月の東京住中会では同級生のみんなとお別れに行ったのよ」「何となく知っていたんだけど、後で病院に行ったら、やっぱり乳癌でした」「主人もびっくりして。うんと怒られた」

なんてことだ…。その数週間前、石巻市にいる何人かと一緒に東京に行き、中学校の同窓の方々約200人と懇談、3次会では赤坂・六本木のケントスという店でオールディーズの曲にのりのりで踊ったというのに、病気を隠して行っていたなんて…。しかも、明るく言うのです。あけっぴろげと言うか、どこかあっけらかんというか、天真爛漫さがありました。彼女は嫁ぎ先の家業を守り、働き者でした。ご近所からは笑顔を絶やさない愛想のいい女将さんと評判のいい方でした。でも、「忙しすぎた」なんて、病院に行かない理由には、ならないはずだったのに…。

葬儀には、山下小学校、住吉中学校、旧石巻女子高の同級生が彼女の死を悼み、お別れに大勢来ていました。同級生以外にも、ご主人との結婚というご縁ができたかつての職場の同僚も大勢お見えでした。住吉中の同級生の中には、住吉男声合唱団の面々もいました。そこで、あらかじめご住職様から了解をいただいていた歌を披露することといたしました。呼びかけたら、私を含めて8人が、祭壇の前に立ち、生前、彼女に元気をいただいたことに対する感謝を込め、「アモール・モナムール・マイラブ」を歌いました。

アモール・モナムール・マイラブ

それはあなただけ

この世にただひとり 望みの人よ

アモール・モナムール・マイラブ

今宵も私と

命の泉 溢れる

アモール・モナムール・マイラブ

生者必滅を知りながらも、急なお別れは辛いです。悲しい事実は事実として胸に刻みながらも、敏枝さんとのそれぞれの出会いに想いを馳せるとき、彼女の存在感の大きさを感じました。相田みつをさんの言葉に「人の世のしあわせは、人と人とが逢うことから始まる」とありますが、弔辞の最後に「良き出会いをありがとう」ーと申し上げてきました。合掌。

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一般質問の提出、18日午後登壇へ

 10日午後、3月定例議会で行う私の一般質問を提出してきました。平成174月の合併によって新しく生まれた石巻市の選挙があってから4年たちました。合併新市の初代市長となった土井喜美夫氏にとっては、締めくくり議会となります。私たち議員は平成17年に同時選挙があったのですが、選挙無効の最高裁判決があり、翌年やり直し選挙となり、人気は一年ずれました。しかし私にとっては、議員になって4年。それを節目と位置付け、土井市政の4年間を、自分をも含めて総括しながら、振り返ることにしました。

タイトルは「マニフェスト検証」ですが、そのマニフェストとは土井市長が掲げた55事業のほか、私自身がこのホームページに示した25項目の「今ちゃんプラン」中から16項目を選び、検証を試みることにしました。なお、通告順位は6番でしたので、18日午後に登壇が予想されますが、正式には13日以降に決まります。

マニフェスト検証~合併石巻市は4年間で何がどう変わったか

    行財政改革では、職員の定数適正化計画を立て推進中ですが、数値も含めての評価と反省、課題にについて。また、借金体質からの脱却についても、評価と課題を。深谷病院の清算や後継医療法人についても触れて。

    民でやれるものは民で。公共施設管理での指定管理者導入やごみの収集などの民間委託、民営化について、評価と反省、課題について

    企業誘致では、この4年間で条例の対象企業はどう変化したか。数値とともに、具体企業名も明らかにする中で、企業誘致の評価と反省、課題について。

    防災では消防庁舎の建設、防災計画もできたが、「いざ、鎌倉」では対応は万全か。評価と課題について

    子育ての関係では中央児童館を設け放課後児童クラブを増やしてきたが、児童福祉全般での評価と反省、課題について

    経済戦略会議を立ち上げましたが、その成果はどうか。疲弊している中心市街地の活性化について、絵に描いたもちにならない実効性のあるプランは可能なのか。また、今後の展開での課題は何か。産学官連携による事業の展開についても成果と課題。

    市役所の建設では、旧さくら野百貨店ビルを活用して移転が確定したが、今後の課題について

⑧「全国鯨フォーラム」後の、石巻市からの鯨文化の発信はどうなっているか。

 毛利コレクション等の展示施設の整備にめどが付いたが、今後の展開と課題について

 食材王国みやぎの中核としての石巻市の「地産地消」の推進や「食の安全」にどう取り組み、成果を挙げたか。その評価と反省、課題について。また、「金華ブランド」の知名度アップへの取り組みについて

 恵まれた運動スポーツ施設を活かしたスポーツイベントや、健康づくり、コミュニティスポーツの推進にどう取り組んできたか

 NPOとの連携による環境保全や子育て支援など、組織の連携や育成とどう取り組んできたか。成果と課題について

 合併旧市町間の一体化の醸成についてどう取り組んだか、その成果と課題について

 南三陸金華山国定公園など豊富な観光資源をどう活かしてきたか。その成果と課題は

IT教育など、新時代に即応した教育は進んだのか。イントラネットでのテレビ討論の期待があったが、今後の課題としてどう展開するつもりか。

 高齢者や障害を持った人たち、さらに子どもの虐待をなくす地域連携の運動は進んだのか。その成果と課題について。またバリアフリーの施設の進捗はどうなっているか

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