方丈記の冒頭を思い浮かべながら
「ゆく川の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。淀みに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまるためしなし。世の中にある人とすみかと、またかくのごとし」(鴨長明「方丈記」より)
有名な冒頭部分ですが、知人の死に直面したとき、頭に浮かぶ一節です。淀みに浮かぶ泡は、消えたりまた出てきたり。同じ形はありません。人も家も、泡と同じ。人の世の無常を感じるとき、思い出されるのです。
わたしは今、政治の世界にいるのですが、時々、その世界が嫌になることがあります。すべてが多数決という「数が正義」には付いていけません。勝つか負けるかに権謀術数を駆使、“政治家ごっこ”をしている自分に、嫌悪感を抱いてしまうことがあります。
もう少し、心穏やかに毎日を過ごせないのかー。そう感じるとき、人の死に接し、その人の生きてきた歳月を検証し、無常感に陥った際に、自分をも顧みることができるものですね。
一時のことかも知れませんが、我に返ることは必要です。それぞれ抱えている仕事を「うたかた」(水泡)と言っては、大変失礼な話ですが、人生には浮き沈みがつき物―という点は、確かのようです。
さて、いまひとつの政局にわが身をさらしていますが、その局面、その瞬間にその泡はどんな形で浮かんでいるのか、それとも沈んでいるのかー。そう思うと、気になって、あれもこれもと滅入る毎日を過ごしています。
24日から平成21年第一回定例議会が始まりました。現実と向き合っています。毎日が充実の一ヶ月でありたいと、肝に銘じています。市民のために働くーその覚悟です。くれぐれも「水泡に帰す」ことのないよう、精一杯の働きをしたいものだと思っています。


最近のコメント