昨日に引き続き、昨年秋の行政視察報告です。本日は、島根県出雲市と山口県萩市訪問の報告です。その前に、松江市では市民活動センターについて、資料をいただき勉強させていただきました。
そのセンターはボランティア活動に関する情報提供やこれからの活動を始める個人、団体へのアドバイス、コーディネートを行う場です。旧松江市の第5次総合計画(平成13年度)に「開かれた市政と協働のまちづくり」が掲げられ、15年度に市民活動促進検討委員会が設置され、16年度に委員会からの提言があり、17年度に総額9億5400万円で着工、18年4月にオープンしたといいます。
6階建ての建物に「市民交流広場」「ミーティングスペース」「図書情報コーナー」「パソコンコーナー」のほか登録団体が活動できる場所、作業コーナーなどが設置されているということで、詳しいセンターの規模、利用状況については資料を参考にしていただきます。
では、全国男女共同参画社会宣言都市サミットの成果と出雲市の取り組みについてです、調査の目的はサミットの開催という情報を知り、先進地事例を一挙に伺える機会ととらえ、
合わせて出雲市の取り組みを教授いただき、石巻市の今後の参考にしたいためでした。
私たちが訪問する数日前の平成20年11月7日から8日の2日間にわたり、内閣府、出雲市、出雲市実行委員会主催のもとに「全国男女共同参画宣言都市サミットinいずも」が、鳥取市、倉敷市、熊本県合志市、出雲市4市の行政、1300人の市民参加のもとに盛大に開催されました。そこで出雲市の男女共同参画推進内容と、サミットに至る経緯、成果等を調査しました。
出雲市のこれまでの男女共同参画への取り組みの概要(詳細は資料を添付)は、合併に伴い、男女共同参画への機運を盛り上げていこうと平成17年度に「出雲市男女共同参画都市宣言」を行い、まず、組織づくりからはじめました。「市民団体」「地区推進組織」「教育現場推進組織」「職場推進組織」を立ち上げ、各グループから100人前後の推進員を委嘱し、これを行政の推進本部が統括しています。
「出雲市共同参画まちづくり行動計画」のもと、あらゆる分野での施策を推進するため数値目標を掲げ、各種啓発事業や補助事業を実施、市民の主体的な推進組織の結成を促し、市民と行政が一体となった共同参画のまちづくりを進めています。「地域」においては各コミュニティセンターが核となり、地域住民を中心とした講座、研修会を行い、「教育現場」においては保育所、幼稚園、小中学校から選任された推進員が中心になり、教育現場研修を実施、地域や家庭への啓発活動につなげています。
その主な事業としては以下の通りです。①家庭、地域、職場、教育現場を対象とする各種講座、講演会、研修会の開催②男女共同参画フェスタの開催(共同参画のまちづくり会議との共同事業)③各分野での取組と成果を検証する共同参画ネットワーク会議の開催④女性団体活動に対する補助(まちづくり活動など、女性団体の自主的、自立的、かつ公益の増進に寄与する活動への補助事業)
平成18年度の具体的な事業として、男女共同参画社会への意識づくり(啓発活動)からはじめ、センター講座、出前講座、フェスタや共同参画ネットワーク会議の開催、広報誌への定期的な掲載、インターネット、街頭での広報、女性、子供、人権相談の窓口を設置し、広報による周知を図り、カウンセリングや専門機関への紹介等を行ってきました。
多くの市民の理解を深めることができましたが、課題としてはさらに多くの市民に参加してもらえる仕掛けづくりや講座、イベント内容の検証が必要とのことであります。
また、平成19年度からは「出雲市女性相談センター」を開設し、女性相談の充実を図っており、相談件数が大幅に増加したことに伴い、今年度は「DV基本計画」の策定を行い、相談の充実と啓発のための防止ネットワークの構築を図っていくとのことでした。
こういった流れの中で「男女共同参画宣言都市サミットin出雲」が開催されました。山陰、九州の「男女共同参画宣言都市」4市の市長らによるシンポジウムでは共同参画の実現に向け、意識改革や企業理解の推進を含む総合的な対策が話し合われたといいます。
鳥取市は自治会役員の女性比率が1割以下である現状のなかで、地域の方針決定に女性の参画が必要と課題を説明。倉敷市では参画事業への男性の参加率が1割以下であり、審議会の女性比率は3割強に留まり4割にしたいとのことでありました。合志市長は女性副市長を登用し、男女共働きの職員の人事慣例の廃止を実施しましたが、年功序列を廃した思い切った人事、女性管理職の登用が必要であると提言していたそうです。
出雲市では2005年に行った市民意識調査やこの度のサミットで、家事、育児、介護における女性の負担が大きく、市の政策方針決定の審議会への女性参画率では、平成17年度実績で26.3%であり、まだまだ女性の社会参加が思うように進んでいない現状が浮き彫りになっていました。
担当課は大変な努力をしていますが、なかなか成果が上がっていない現状であるといいます。これはどこの市町村にも言えることでありましょう。
ちなみに石巻市では平成19年時点で、市が委嘱している全委員792人のうち、女性委員は180人、22.7%であり出雲市までには到っていません。しかし、同年度に新設された審議会委員は、39.1%と目標を上回りました。着実に増加しています。
男女共同参画を進める上では、女性の負担を減らすための、子育て、保育、子供の月光環境、介護、安定した職場の確保といった施策の充実が臨まれます。
倉敷市では女性の自治会役員への参画がきわめて低いし、鳥取市では参画事業への男性の進出が低調でありました。全国的な傾向であり、今後の課題でもあります。男女を問わず適材適所が理想と思いますが、もっと女性の進出が望ましいと感じました。今後も女性の参画意識向上のために、地道に啓発活動をしていくべきであろうと思います。
次に萩まちじゅう博物館構想についてですが、調査の目的は歴史のある萩で展開の「まちじゅうを博物館」にするという取り組みは、中心市街地活性化事業や協働のまちづくりを進める上で、貴重です。事業展開と成果などをご教授いただく中、石巻市の今後のまちづくりに活かして行きたいというものです。
萩市は平成17年3月6日1市2町4村で合併し、総面積698.86K㎡で、山口県の約1割の面積を有しており、日本海に注ぐ松本川と橋本川に挟まれた三角州を中心に発達した都市で、典型的な江戸時代の城下町の風情が色濃く、国指定重要文化財が多く歴史的景観を残しています。この様な環境を最大限に活用するため、まち全体を一つの博物館として捉え、これらの保存及び 活用によるまちづくり、観光地づくりの取り組みを「萩まちじゅう博物館構想」と名付け、官民協働でのまちづくりを積極的に推進していました。
まちじゅう博物館推進の取り組み状況ですが、まずこの構想の出発点は、市長の強いリーダーシップによりスタートしております。萩はもともと観光のまちでありましが、通過型観光のまちであり、年々観光客が減少している現状の中で、観光客を呼び寄せそして宿泊をしていただくためには、まち全体を博物館に見立て集客を諮ることは出来ないか、と言う考えで構想がスタートいておりました。
取り組み状況は、平成15年4月に、まちじゅう博物館整備検討委員会(4部会)を設立、同年10月にまちじゅう博物館構想を策定、11月に拠点施設萩博物館完成平成16年4月まちじゅう博物館条例を施行、同年4月まちじゅう博物館推進室を開設。6月NPO萩まちじゅう博物館を設立、7月に推進室を推進課に昇格し11月に拠点施設萩博物館を開館。17年2月ワンコイントラスト運動を開始、3月まちじゅう博物館基本計画、行動計画を策定し6月全世帯に市報掲載とチラシを作成し周知しました。
11月第1回萩ものしり博士検定を実施(修士)、平成18年4月ワンコイントラスト第1号物件井上勝旧宅門を竣工しています。6月ボランティアガイド文化財施設管理の一元化協議を開始。12月ものしり博士にまちかど解説員を委託し、同時にものしり博士修士の会が発足しています。
平成19年1月NPO萩観光ガイド協会が設立。7月城下町萩・筋名復活委員会が設立し10月に筋名入りサインプレートの埋め込みを開始し、平成20年6月に萩ものしりブックを作成し市内の小学生5・6年生に配布するなど、さまざまな事業を計画的に実施しておりました。
萩市は、慶長5年(1600)関が原の戦いに敗れた毛利輝元が防長2か国に移分封され、慶長9年萩に開府以来260年余り毛利36万9千石の城下町として栄え、また幕末期には近代日本の夜明けを告げた人々を輩出する明治維新胎動の地でも在ります。
なぜ萩市が400年以上も江戸時代の町並みや景観を守り続けてきたのかー。要因は、三角州であるため洪水が多いため江戸時代治水対策に取り組んでいること。また、戦災にも合わず、大火や地震もない地域で、さらに鉄道をまちに入れなかった事が上げられ、日本で唯一の「江戸時代の地図がそのまま使えるまち」となっていました。
昭和30年代から始まった高度成長という大きなうねりの中で、全国的に歴史的集落や町並みが失われ始めた時代に、萩市はいち早くその保存に取り組んでおり、昭和47年に全国に先駆けて市独自の歴史的景観保存条例を制定しており、この動きが国を動かし昭和50年の文化財保護法の改正にいたり、平成16年に景観法が制定され、名実ともに日本を代表する町並み保存の先進地となっております。
このように国が法律の根拠を与えられることにより、これを好機とらえ、全国の模範となるよう都市遺産を保存・活用する「萩まちじゅう博物館」という取り組みを実施しております。
現状と課題として、萩を物語る「土塀から顔を出す夏みかん」といった代表的な風景が、都市化の波により失われつつあります。その要因は、大量生産建材や工業生産塗料の時代により、まちには人工色が溢れ、商用看板が氾濫している現状であるといいます。今、萩にふさわしい選択が何であるかを、行政と市民一人一人が考えて行動することが求められてもおり、また、萩博物館は歴史を語り継ぐための情報拠点として役割を担い、市民がしっかりと歴史を語り継ぐ必要があるともいいます。さらに、高速道路の建設も着手されており、市内各所で観光用駐車所整備も行なわれており、新しい観光アクセスが生まれるなかで、これらを使いこなすことができる新たな観光地、そして、それにそったまちの姿を模索しているようにも感じました。
前にも触れましたが、私たちが萩市博物館を訪れた時、一人の初老の方が待っていてくれました。その方は、中村芳生さんと言う市観光ボランティア協会の会長をなさっている方でした。話を聞いてみますと、中村さんは、平成12年に萩市三見出身の郷土史家が書いた文章の中に、仙台の貞山運河を掘った人が三見出身と書かれていたのを読んで、仙台市、石巻市教育委員会に問い合わせたところ、すごいことをした人と分かったそうであります。
内容は、江戸時代に北上川を改修し、石巻発展の礎を築いた川村孫兵衛であることを知ったそうであります。川村孫兵衛が萩市三見の出身である事が萩市では、ほとんどの人が知らず、川村孫兵衛の偉業を萩市の人たちに伝えたい、また、萩市出身の孫兵衛がこれだけの功績を残し、石巻の人たちから尊敬されていることに、大変感動しましたと話しており、現在萩市の人たちにも孫兵衛の偉業を知ってもらうよう努力していると話しておりました。
石巻の礎を築いた川村孫兵衛の出身地である萩市と交流が深まれば楽しいですね。
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