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出処進退の建前と本音

出処進退は「進むは他人(ひと)に任せ、退くは自ら決す」ことだと、言います。私の場合はどうだったか。新聞社を定年のない役員でありながら、56歳で辞めたとき、「退くは自ら決す」と言う気構えでいました。「惜しまれてやめたい」と言う気持ちがありましたし、周囲に気付かれず職場と地位を去ると言うのも、少し快感を覚える気がしていました。

しかし、「現実」がすぐに待っていました。退職金で借金を払ったら残りがわずか。一年後には食べていけません。働いて、生活を維持しなければなりません。そんなとき、「来年合併の市議選に出たらどうだ。記者とは違った形で、まちづくりに取り組めるんじゃないか」と言う話が出てきました。渡りに舟とばかり、それに乗りました。「進むは他人(ひと)に任せ」と言うことでしたし、実際に選挙はまさに他人任せでした。

でも、本当にそうでしょうか。よく考えてみたら「進むも自ら」のようでした。合併一年前に会社を辞めることも、選挙に出ることも一緒に考えていました。だから、退職一ヵ月後には、住まいを移し石巻市民の住民登録を致しました。同時に、妻の実家の空き室を借り活動拠点の事務所に充てました。

まさに用意周到です。辞めてから「出なさい」と言う声はありましたが、「これからどうするの」と言う問いに「市議会選挙にも出てみようかと思っています」と言う私の方向付けに対して、「そういうことなら、やったらどうか」と言うものが大半のようでした。

私は明らかに詭弁を弄しましたが、それを咎める方はいませんでした。自ら決めたことでしたので、議員になって何をやろうかと言う公約的なローカル・マニフェストもホームページや後援会活動の資料も、すべて自分の手で作り上げてきました。

なぜ今、出処進退なのかと言えば、それは春の市長選が頭にあるからです。大学教授が30日、出馬を表明しました。「チェンジ石巻」などからの出馬要請に応えてのことのようです。一方の現職市長も昨年12月議会で、議員の一般質問における出馬要請に応え、決意を明らかにしていました。どちらも、要請に応えるという形を取りました。なかなか、スマートです。

でも、いつまでも他人任せでは、他人は付いていきません。ついでに言うなら敵失だけでは得点の積み重ねにはなりません。自ら何をどうするのか。問われるのは、自らが持っている「すべて」をさらけ出せるかです。

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昨年秋の行政視察報告2

昨日に引き続き、昨年秋の行政視察報告です。本日は、島根県出雲市と山口県萩市訪問の報告です。その前に、松江市では市民活動センターについて、資料をいただき勉強させていただきました。

そのセンターはボランティア活動に関する情報提供やこれからの活動を始める個人、団体へのアドバイス、コーディネートを行う場です。旧松江市の第5次総合計画(平成13年度)に「開かれた市政と協働のまちづくり」が掲げられ、15年度に市民活動促進検討委員会が設置され、16年度に委員会からの提言があり、17年度に総額9億5400万円で着工、18年4月にオープンしたといいます。

6階建ての建物に「市民交流広場」「ミーティングスペース」「図書情報コーナー」「パソコンコーナー」のほか登録団体が活動できる場所、作業コーナーなどが設置されているということで、詳しいセンターの規模、利用状況については資料を参考にしていただきます。

では、全国男女共同参画社会宣言都市サミットの成果と出雲市の取り組みについてです、調査の目的はサミットの開催という情報を知り、先進地事例を一挙に伺える機会ととらえ、

合わせて出雲市の取り組みを教授いただき、石巻市の今後の参考にしたいためでした。

私たちが訪問する数日前の平成20年11月7日から8日の2日間にわたり、内閣府、出雲市、出雲市実行委員会主催のもとに「全国男女共同参画宣言都市サミットinいずも」が、鳥取市、倉敷市、熊本県合志市、出雲市4市の行政、1300人の市民参加のもとに盛大に開催されました。そこで出雲市の男女共同参画推進内容と、サミットに至る経緯、成果等を調査しました。

出雲市のこれまでの男女共同参画への取り組みの概要(詳細は資料を添付)は、合併に伴い、男女共同参画への機運を盛り上げていこうと平成17年度に「出雲市男女共同参画都市宣言」を行い、まず、組織づくりからはじめました。「市民団体」「地区推進組織」「教育現場推進組織」「職場推進組織」を立ち上げ、各グループから100人前後の推進員を委嘱し、これを行政の推進本部が統括しています。

「出雲市共同参画まちづくり行動計画」のもと、あらゆる分野での施策を推進するため数値目標を掲げ、各種啓発事業や補助事業を実施、市民の主体的な推進組織の結成を促し、市民と行政が一体となった共同参画のまちづくりを進めています。「地域」においては各コミュニティセンターが核となり、地域住民を中心とした講座、研修会を行い、「教育現場」においては保育所、幼稚園、小中学校から選任された推進員が中心になり、教育現場研修を実施、地域や家庭への啓発活動につなげています。

その主な事業としては以下の通りです。①家庭、地域、職場、教育現場を対象とする各種講座、講演会、研修会の開催②男女共同参画フェスタの開催(共同参画のまちづくり会議との共同事業)③各分野での取組と成果を検証する共同参画ネットワーク会議の開催④女性団体活動に対する補助(まちづくり活動など、女性団体の自主的、自立的、かつ公益の増進に寄与する活動への補助事業)

平成18年度の具体的な事業として、男女共同参画社会への意識づくり(啓発活動)からはじめ、センター講座、出前講座、フェスタや共同参画ネットワーク会議の開催、広報誌への定期的な掲載、インターネット、街頭での広報、女性、子供、人権相談の窓口を設置し、広報による周知を図り、カウンセリングや専門機関への紹介等を行ってきました。

多くの市民の理解を深めることができましたが、課題としてはさらに多くの市民に参加してもらえる仕掛けづくりや講座、イベント内容の検証が必要とのことであります。

また、平成19年度からは「出雲市女性相談センター」を開設し、女性相談の充実を図っており、相談件数が大幅に増加したことに伴い、今年度は「DV基本計画」の策定を行い、相談の充実と啓発のための防止ネットワークの構築を図っていくとのことでした。

こういった流れの中で「男女共同参画宣言都市サミットin出雲」が開催されました。山陰、九州の「男女共同参画宣言都市」4市の市長らによるシンポジウムでは共同参画の実現に向け、意識改革や企業理解の推進を含む総合的な対策が話し合われたといいます。

鳥取市は自治会役員の女性比率が1割以下である現状のなかで、地域の方針決定に女性の参画が必要と課題を説明。倉敷市では参画事業への男性の参加率が1割以下であり、審議会の女性比率は3割強に留まり4割にしたいとのことでありました。合志市長は女性副市長を登用し、男女共働きの職員の人事慣例の廃止を実施しましたが、年功序列を廃した思い切った人事、女性管理職の登用が必要であると提言していたそうです。

出雲市では2005年に行った市民意識調査やこの度のサミットで、家事、育児、介護における女性の負担が大きく、市の政策方針決定の審議会への女性参画率では、平成17年度実績で26.3%であり、まだまだ女性の社会参加が思うように進んでいない現状が浮き彫りになっていました。

担当課は大変な努力をしていますが、なかなか成果が上がっていない現状であるといいます。これはどこの市町村にも言えることでありましょう。

ちなみに石巻市では平成19年時点で、市が委嘱している全委員792人のうち、女性委員は180人、22.7%であり出雲市までには到っていません。しかし、同年度に新設された審議会委員は、39.1%と目標を上回りました。着実に増加しています。

男女共同参画を進める上では、女性の負担を減らすための、子育て、保育、子供の月光環境、介護、安定した職場の確保といった施策の充実が臨まれます。

倉敷市では女性の自治会役員への参画がきわめて低いし、鳥取市では参画事業への男性の進出が低調でありました。全国的な傾向であり、今後の課題でもあります。男女を問わず適材適所が理想と思いますが、もっと女性の進出が望ましいと感じました。今後も女性の参画意識向上のために、地道に啓発活動をしていくべきであろうと思います。

次に萩まちじゅう博物館構想についてですが、調査の目的は歴史のある萩で展開の「まちじゅうを博物館」にするという取り組みは、中心市街地活性化事業や協働のまちづくりを進める上で、貴重です。事業展開と成果などをご教授いただく中、石巻市の今後のまちづくりに活かして行きたいというものです。

萩市は平成17年3月6日1市2町4村で合併し、総面積698.86K㎡で、山口県の約1割の面積を有しており、日本海に注ぐ松本川と橋本川に挟まれた三角州を中心に発達した都市で、典型的な江戸時代の城下町の風情が色濃く、国指定重要文化財が多く歴史的景観を残しています。この様な環境を最大限に活用するため、まち全体を一つの博物館として捉え、これらの保存及び 活用によるまちづくり、観光地づくりの取り組みを「萩まちじゅう博物館構想」と名付け、官民協働でのまちづくりを積極的に推進していました。

まちじゅう博物館推進の取り組み状況ですが、まずこの構想の出発点は、市長の強いリーダーシップによりスタートしております。萩はもともと観光のまちでありましが、通過型観光のまちであり、年々観光客が減少している現状の中で、観光客を呼び寄せそして宿泊をしていただくためには、まち全体を博物館に見立て集客を諮ることは出来ないか、と言う考えで構想がスタートいておりました。

取り組み状況は、平成15年4月に、まちじゅう博物館整備検討委員会(4部会)を設立、同年10月にまちじゅう博物館構想を策定、11月に拠点施設萩博物館完成平成16年4月まちじゅう博物館条例を施行、同年4月まちじゅう博物館推進室を開設。6月NPO萩まちじゅう博物館を設立、7月に推進室を推進課に昇格し11月に拠点施設萩博物館を開館。17年2月ワンコイントラスト運動を開始、3月まちじゅう博物館基本計画、行動計画を策定し6月全世帯に市報掲載とチラシを作成し周知しました。

11月第1回萩ものしり博士検定を実施(修士)、平成18年4月ワンコイントラスト第1号物件井上勝旧宅門を竣工しています。6月ボランティアガイド文化財施設管理の一元化協議を開始。12月ものしり博士にまちかど解説員を委託し、同時にものしり博士修士の会が発足しています。

平成19年1月NPO萩観光ガイド協会が設立。7月城下町萩・筋名復活委員会が設立し10月に筋名入りサインプレートの埋め込みを開始し、平成20年6月に萩ものしりブックを作成し市内の小学生5・6年生に配布するなど、さまざまな事業を計画的に実施しておりました。

萩市は、慶長5年(1600)関が原の戦いに敗れた毛利輝元が防長2か国に移分封され、慶長9年萩に開府以来260年余り毛利36万9千石の城下町として栄え、また幕末期には近代日本の夜明けを告げた人々を輩出する明治維新胎動の地でも在ります。

なぜ萩市が400年以上も江戸時代の町並みや景観を守り続けてきたのかー。要因は、三角州であるため洪水が多いため江戸時代治水対策に取り組んでいること。また、戦災にも合わず、大火や地震もない地域で、さらに鉄道をまちに入れなかった事が上げられ、日本で唯一の「江戸時代の地図がそのまま使えるまち」となっていました。

昭和30年代から始まった高度成長という大きなうねりの中で、全国的に歴史的集落や町並みが失われ始めた時代に、萩市はいち早くその保存に取り組んでおり、昭和47年に全国に先駆けて市独自の歴史的景観保存条例を制定しており、この動きが国を動かし昭和50年の文化財保護法の改正にいたり、平成16年に景観法が制定され、名実ともに日本を代表する町並み保存の先進地となっております。

このように国が法律の根拠を与えられることにより、これを好機とらえ、全国の模範となるよう都市遺産を保存・活用する「萩まちじゅう博物館」という取り組みを実施しております。

現状と課題として、萩を物語る「土塀から顔を出す夏みかん」といった代表的な風景が、都市化の波により失われつつあります。その要因は、大量生産建材や工業生産塗料の時代により、まちには人工色が溢れ、商用看板が氾濫している現状であるといいます。今、萩にふさわしい選択が何であるかを、行政と市民一人一人が考えて行動することが求められてもおり、また、萩博物館は歴史を語り継ぐための情報拠点として役割を担い、市民がしっかりと歴史を語り継ぐ必要があるともいいます。さらに、高速道路の建設も着手されており、市内各所で観光用駐車所整備も行なわれており、新しい観光アクセスが生まれるなかで、これらを使いこなすことができる新たな観光地、そして、それにそったまちの姿を模索しているようにも感じました。

前にも触れましたが、私たちが萩市博物館を訪れた時、一人の初老の方が待っていてくれました。その方は、中村芳生さんと言う市観光ボランティア協会の会長をなさっている方でした。話を聞いてみますと、中村さんは、平成12年に萩市三見出身の郷土史家が書いた文章の中に、仙台の貞山運河を掘った人が三見出身と書かれていたのを読んで、仙台市、石巻市教育委員会に問い合わせたところ、すごいことをした人と分かったそうであります。

内容は、江戸時代に北上川を改修し、石巻発展の礎を築いた川村孫兵衛であることを知ったそうであります。川村孫兵衛が萩市三見の出身である事が萩市では、ほとんどの人が知らず、川村孫兵衛の偉業を萩市の人たちに伝えたい、また、萩市出身の孫兵衛がこれだけの功績を残し、石巻の人たちから尊敬されていることに、大変感動しましたと話しており、現在萩市の人たちにも孫兵衛の偉業を知ってもらうよう努力していると話しておりました。

石巻の礎を築いた川村孫兵衛の出身地である萩市と交流が深まれば楽しいですね。

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昨年秋の行政視察報告1

昨年11月11日(火)から14日(金)までの4日間、鳥取県境港市(水木しげるロードを活かした中心市街地活性化について=現地視察も絡めて)、島根県松江市(なごやか寄り合い事業について、市民活動センターの設置と活動について=資料対応)、島根県出雲市(全国男女共同参画社会宣言都市サミットの成果と出雲市の取り組みについて)、山口県萩市(萩まちじゅう博物館構想について)を訪問し、行政視察してきました。その報告を2回に分けて致します。まず一回目は、境港市と松江市訪問の報告です

「水木しげるロードを活かした中心市街地活性化について」ですが、調査の目的は石巻市では中心市街地活性化が喫緊の大きな課題。漫画家の故石ノ森章太郎氏の作品を集めた「石ノ森萬画館」があり、メーンストリートには「マンガロード」がありますが、今、中心市街地活性化のひとつとしてロードのグレードアップが計画されようとしています。そこで、現地視察の上、その成果などを教えていただき、石巻市の今後に活かしたいーです。

その境港ですが、JR境港駅から商店街を結ぶ目抜き通りをコミュニティロードとして整備、平成元年より「緑と文化のまちづくり」を検討していく中で、妖怪オブジェを配置したロードの構想ができました。

境港出身の水木しげる氏が描くマンガ(ゲゲゲの鬼太郎)に登場する妖怪のオブジェ・モニュメント絵タイルを歩道に設置し、親しみある快適な道として整備し、市民の方々に出歩いていただくことを考えていましたが、テレビ等で取り上げられ大きな反響があり、全国から観光客が多く訪れる名所となりました。

当日、米子空港駅(別名、ねずみ男駅)には「ねずみ男」の妖怪の絵があり、列車に乗れば、鬼太郎の絵が床、天井に隙間なく描かれ、「鬼太郎列車」に乗ったようでした。

街の中の散策では境港駅から本町アーケードまで全長800mの間に「鬼太郎のキャラクター」を中心に、また全国各地の妖怪のブロンズ像が存在。彫刻と黒御影石の台座が一体化し、妖怪を題材としたユニーク性とストーリー性があり、新しい町並みを形成していました。堅苦しい彫刻ではなく誰でも触れることができ、小さなキャラクターは子どもの手のひらに収まるくらいのサイズになっていて、点字、音声も利用できるようになっていました。

事業実施機関平成4年から平成8年度で総事業費は4億4000万で内訳は市債34200円(自治省商店街等振興整備特別事業)宝くじ助成金3400万円そして一般財源6400万円でありました。平成4年度ブロンズ像6体で着工し、平成5年度ブロンズ像17体、平成5年7月18日オープン式典、除幕式、平成6年度ブロンズ像17体、平成7年度ブロンズ像33体、平成8年度ブロンズ像9体レリーフ5基、平成8年8月24日街の全線完成式典で80体となりその後民間の設置があり、平成14年度ブロンズ像3体が追加されて平成15年3月末でブロンズ像89体になりました。

平成16年10月より観光協会を中心とする「妖怪ブロンズ像設置委員会」を設置し全国からスポンサーを募ってブロンズ像100体にする取組みを実施したところ、全国から予想を上回る応募があり、35体を追加設置した。うち4体は市が設置。そして本年3月30日「河童の泉」を設け、ブロンズ像9体を追加しました、この「河童の泉」の事業費は2300万円で宝くじ助成金2100万円、水木しげる基金から200万円であります。本年3月末での水木しげるロードのブロンズ像は総数133体になりました。

 できたころ、年間数万人の入り込みはいまや150万人以上。GW期間は一日最大で58000人。恐れ入りました。

次に島根県松江市のなごやか寄り合い事業です。調査の目的は少子高齢化社会の中、お年寄りが健康でいきいき地域で過ごせる社会づくりが欠かせません。老人クラブが減少し、家に閉じこもりがちな老人が増えることも避けなければなりません。そんな折、松江の「なごやか寄り合い事業」が目に止まりました。事業開設の意図や経過、成果などをご教授いただき、石巻市の今後に活かしたいーと言うことです。

松江市で「なごやか寄り合い事業」を始めたのは12年度からです。介護保険がスタートし、要介護・要支援状態の者への援助体制が整えられると同時に、介護保険対象外の高齢者の「介護予防・生活支援事業」が必要となりました。そこで各公民館を会場に、地区社会福祉協議会を実施主体として始めたものでした。

支援事業の必要性には次のような背景もありました。平成12年度の松江市の高齢者統計では高齢者人口が26,950人で、高齢化率は18.24%でした。高齢者の「閉じこもり」もあり、また常時介護は必要としませんが、日常生活を送ることで何らかの支援が必要ないわゆる虚弱老人が、介護保険認定者とほぼ同数存在するといわれ、これらの高齢者に注目していくことが重要と考えたと言います。

痴呆や寝たきり状態にならない状態で生活できる期間であるいわゆる健康寿命の延伸策、すなわち介護予防のあり方の検討がせまられ、この「介護予防・生活支援事業」に先駆け、12年度の事業として、「なごやか寄り合い事業」を実施しました。

平成12年度にスタートの「なごやか寄り合い事業」は合併前の旧松江市が21の各地区社会福祉協議会にその推進をお願いし、身近な町内会・自治会を受け皿に『地域の茶の間』づくりとして30会場で取り組まれましたが、平成17年3月30日の合併後は旧7町村地区に拡大、平成19年3月末現在、150の会場で『介護予防』と『まちづくり』を柱に、気兼ねなく安心して寄り合える心の交流の場となりました。

調査は、市のワゴン車で松江市の西側で、宍道湖の南岸に位置する旧玉湯町(人口6200人で、高齢化率25%)に向かい、実施しました。そこは五つの地区に分かれ、34の町内会があります。余談ですが、そこには玉造温泉があり、近年世界遺産に登録の石見銀山の影響もあって、観光客でにぎわい始めたと言うことです

その旧玉湯町の「大谷」と言う地区に向かい、現地調査しました。そこは人口515人。うち171人が65歳以上でしたので、高齢化率は332%。実に3人に1人がお年寄りでした。調査に訪れたその日、寄り合い事業の一環としての月一回開催の「いきいきサロン」が、ちょうど開かれていましたので、一緒に参加しながら、調査することができました。

この日は、幼稚園児との交流会でしたが、何と大阪から「南京玉すだれ」を演じる二人の「芸人」をお迎えしていました。内容は園児たちとのゲームほかの遊びから、季節のお菓子作り、そして南京玉すだれの公演、昼食会と続きました。

大谷のいきいきサロンは年間を通して「お茶会、ゲーム」「焼きそば作り」「万華鏡作り」「健康講座」「交流会」などを行い、12月には「正月飾りの作成」などにもタッチしているということでした。集まりは3分の1程度でしょうか。園児と南京玉すだれの一行を呼んだ交流会のときは70人以上の出席でした。

大谷のある旧玉湯町では地区の地域福祉活動計画書にのっとり、きめ細かな福祉事業と取り組んでいます。そのなかの「いきいきサロン」(なごやか寄り合い事業)は高齢者とボランティアが一緒になって参加できる「集いの場」として、心身の健康づくりのほか、仲間づくりとしても重要視されていました。当然ながら、大谷地区だけでなく、布志名、湯町、根尾、本郷、柳井、別所、玉造の各地区でも大谷同様のいきいきサロン事業を展開し、松江市全体ではほかの旧6町村にも事業は拡大、全国へ発信の松江自慢の「高齢化福祉事業」になってきたようです。

なごやか寄り合い事業の調査では、「市役所内での担当者の説明」とばかり思い込んでいる関係で、ホテルからワゴン車で数十分もかかる場所への移動に、実は「どこへ向かっているの?」と戸惑った感じをしました。思いがけず、「南京玉すだれ」芸を拝見でき、一緒に笑い、手をはたき、楽しめると言う体験に浴し、園児との交流に目を細め、元気に振舞うお年寄りたちに逆に元気をいただいてきました。そこは松江。まさに、NHK朝ドラの「だんだん」(ありがとう)の心境です。

大谷地区のいきいきサロンを支えているボランティアの方々も、若くはありませんでした。世代が近い分、「なごやか寄り合い」が身近に感じました。事業を通して、地域の中に、住民のささえあいを基本にした小さな交流の機会が各地区に出来たように思えました。

ボランティアの方々との意見交換では地域の中では、誰もが皆、「住みなれた地域で、いつまでもいきいきと過ごし、健康で長生きしたい」という願いを持っているということを再確認できました。

介護保険制度が実現した今、会の参加者の声などから、人々の関心は、「介護予防」と「保健」に向かっています。これは保健と福祉の共通のテーマです。保健と福祉のそれぞれの専門性を活かして、協働していくことが必要です。なごやか寄り合い事業は「要介護に移行しないような予防活動」と「地域でのふれあい、ささえあい」をテーマにしていますが、高齢化社会のまちづくりの柱になっているという感じでした。

松江市はいま、NHK朝ドラ「だんだん」で全国から注目を集めています。そのイメージなのでしょうか、あったかい感じのする町です。「小泉八雲」がホンのわずか住んでいたにもかかわらず、「八雲と松江」は切り離せません。人を大事にしてきた町なのでしょうか。それが「なごやか寄り合い事業」を進める土壌として、また人々の心の奥底にあるような気がしてなりません。

合併してまもなく5年目を迎える石巻市ですが、改めてコミュニティ(近隣社会)のあり方が問われています。ますます高齢化が進む中、家に閉じこもらないお年寄りを増やすための活動的なプランを起こすべきと考えます。その際、コミュニティづくりの拠点だった公民館や集会場など人が集まる施設の運営などを再点検し、かつて盛んだった老若男女の「寄り合い」を再構築すべきと、提言いたします。

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またも先延ばしの総務企画委員会

 15日の朝刊を見てお気付きのように、14日午後市議会総務企画常任委員会で審査された、新庁舎関係予算はまたも結論が先延ばしとなりました。4時間半もかけながら、なぜ?との疑問符が付きますが、延会に抵抗しても数の上で勝てない中では止むを得ません。私は「できるだけ早く会議を招集すべき」と注文をつけて、承諾いたしました。

 議案審査では冒頭、手続き関係や説明の欠如など過去に遡っての経緯経過も含めた相変わらずの質疑で時間を割きました。私とは違う意見を持つ議員たちは、いわゆる「重箱の隅をつつく物言い」でしたが、当局の答弁に対する理解度は私とは180度違う感じでした。

 私自身は大様なのでしょうか。小さいことをこせこせ考えません。犯罪性とか、法律に違反しているとか、市民生活に重大な損害を与えるなどであれば、問題ですが、そうでないのであれば、50歩引いて理解したいーという考えです。むしろ、引いた分、今後にプラス作用するよう要望改善を求めていくのが、私の手法です。

 本来であれば、4時間半の中で地元発注へのより具体的な発注の方向性を求めながら、「9月移転なのか、それとも…」と言う中で移転時期を明確にし、さらにできるだけ経費を圧縮する方法を議論し、決着できたはずでした。できなかったのは議員間の当局説明に対する理解度の違いによるためでした。いらぬ時間を食っての延会となったのです。

 私は移転時期に最大の関心を持って委員会に臨みました。質疑で明らかになった内容は次の通りです。

 【庁舎移転とコンピュータ・ホスト切り替えの関係】

区分

電算室の完成時期

庁舎移転

ホスト切替時期

コスト比較

 1

5月中旬

 9

 9

 2

7月下旬

 9

12

5000万円増

 3

7月下旬

12

12

1500万円増

    電算室の場所はすべて「新庁舎」とした場合を、想定しています。

    建築工事の工事期間は電算室4か月、本体工事6.5ヶ月です。

    ホストの切り替え作業は5日間程度の業務停止が必要なため、5月、9月、年末年始の連休を活用しなければなりません。

    新ホストの調整には5か月程度の必要で、年末年始切り替えでは7月中に新ホスト設置しなければなりません。このため、3月末に電算室の建設(さくら野ビル北西側1階空間)発注をしなければならず、そのためには1月下旬までに、継続審査の予算を通さねばなりません。

    コスト比較で「区分2(市役所業務を9月からさくら野で始め、電算処理だけは12月に切り替え、現庁舎のものを使う場合)」では5000万円の経費増となることです。先延ばしのツケともいえるかもしれません。

 次の委員会は24日(土)開催が濃厚です。多勢に無勢ですが、予算を通し、一日も早い駅前への新庁舎オープンが実現できるようにがんばります。

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あす14日は注目の委員会です.乞う傍聴!

 あす14日午後1時から、市議会総務企画常任委員会が開かれます。議題は「庁舎建設にかかわる予算」です。昨年12月に提案されたものの、129日の委員会、22日の本会議で「閉会中の継続審査」になっていました。委員会としては1か月以上も間を置いての審査となります。

この間の報道で、継続審査は結果的に「9月の庁舎移転は不可能」としました。当局の説明が悪かったのか、あるいは庁舎問題が市長選絡みの政争の具になったのかどうかは、それぞれの感じ方なのでしょうが、見極めていただくためにも多くの市民有権者の傍聴を期待したいと思います。

私も総務企画委員会のメンバーです。予算成立のために不備な点を埋めるよう求めていきたいと思いますが、後ろ向きな質疑と議論はもうたくさんですね。

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今村らしく、本音を本気で書いてますか?

 正月に手厳しいご意見を寄せた年賀状をいただきました。その内容を記し、今年一年、肝に銘じて行動したいと思います。

 「今村さん、議員になって何か窮屈になりませんか。あなた自身の本音を本気におだしになれますか。行政もひどいが、議会も褒められたものではありません。数の原理が必ずしも有効に生きているようには思えません。ペンを執って自分の意見を十分書けたあなたは今もおられますか。他の議員と違い、何度も傍聴(市民のいろいろな集いほか)なさっているあなたの意見が強く出てもよろしいかと、個人としての…」

 この指摘は当たっています。だから言い訳も反論も致しません。ブログではいろいろと書いてきましたが、なかなか広がりがありません。新聞社にいたころと同じように自らの主張もしてきたつもりですが、媒介システムの違いは大きすぎます。新聞は直接各戸に届けますが、ホームページは取りに来てもらわないと伝わりません。印刷して配るにしても、お金がかかります。どう考えや行動を伝えることができるか。それが悩みです。

 いずれにしろ、伝える努力はしなければなりません。このブログを見ていただく努力以外に、自分の足で活動報告やその時々の考えをまとめた印刷物を配るなど、日常活動の見直しが必要になってきました。

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新年に当たり抱負の一端を

あけましておめでとうございます。それぞれが穏やかなお正月をお迎えしたことと、お慶び申し上げます。

さて、2期目の残りは14か月。一日一日の積み重ねで悔いの残らない議員生活を送りたいものだと思います。「進み立つ方に障りなし」と言います。信念を持って積極的に事に当たれば、支障は生じないということですが、「進む知りて退くを知らず」では、いかにも若いですね。ただし、いつもチャレンジ。行動派の議員であり続けたいものです。その結果、市民有権者の後押しがあって、「もう一度、がんばれ」と言う声が生まれたときには、果敢に挑みます。 

石巻市は財政難です。とは言え、合併によって有利な資金の調達(合併特例債=事業費の95%まで充当、その元利合計償還金の70%が普通交付税措置)ができるようになりました。そのため、新市庁舎もこの資金と積立金、それにさくら野百貨店からの寄付(建物と2億円)で実現可能となりました。お金がないときに一般財源からの支出が少ないのはなによりです。 

とは言え、特例債も借金です。元利合計償還金の30%は、長期ですが、払っていかねばなりません。厳しい財政運営はなお続きます。市庁舎の次は、現庁舎跡地の活用です。さらに市民会館の更新も政治日程にそろそろ乗せなければなりません。合併特例債は平成27年度までが期限です。それらの施設にこの資金(借金)を導入した場合、あと6年の期間しかありません。 

ほかにも中心市街地の活性化は喫緊の課題ですが、景気の悪化が懸念され、新たに雇用の心配も生まれてきました。市税の伸びが見込めないと、事業の予定が付きません。今年419日には市長選投票日ですが、それらの事柄をどうするのか、市長選立候補予定者の取り組み姿勢もじっくり拝見し、私は私としてのプランを示せればと思っています。 

正月早々、硬い話で申し訳ありません。ともかく、前に進みます。応援してください。

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